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INTERVIEW

“開拓者”精神で様々なカルチャーや価値観を受け入れ、変化し続ける八ヶ岳に開かれた音楽フェスを。

2017年夏、「八ヶ岳のど真ん中、標高1600mからの“絶景音楽フェス”」としてサンメドウズ清里を会場にスタートしたハイライフ八ヶ岳。2020年からのコロナウイルス感染症など、これまで幾つもの逆境を乗り越えてきたこの音楽フェスも2022年で5回目の開催を迎えます。そんな節目の年となる私たちに立ちはだかった「会場変更」という大きな壁。“絶景音楽フェス”というコンセプトを覆してまで、小淵沢「女神の森」を新たな会場に本年度の開催を決断したチームハイライフにはどんな想いがあったのでしょうか。
会場となる「女神の森 セントラルガーデン&ウェルネスガーデン」にて、ハイライフ八ヶ岳実行委員長の三上浩太(以後三上)と、クリエイティブディレクター宮沢喬(以後通称ミッチェ)から、二人のハイライフとの出会い、会場変更の経緯や今後のハイライフの目指すものなどを話してもらいました。

インタビュー・執筆:野呂瀬亮/写真:GOOD SENSE

「音楽フェス」に魅せられた二人とハイライフの出会い

お二人がハイライフに関わるようになったのはどんな経緯だったんですか?

三上

「フジロックやるからおいでよ」って当時のメンバーに誘われて、行ったら全然違ったんですけど(笑)。立ち上げ一番最初の会議から実行委員に参加していて、そこでストーン・ローゼズを呼びたいって言ったの覚えてるなあ(笑)。そこから一昨年のコロナの一番大変な時期に実行委員長になりましたよね。

ミッチェ

フジロックも大概だけど、ストーン・ローゼズもだいぶハードル高いよ(笑)。

三上

ただ純粋に音楽フェスが大好きで、このエリアにそれがなかったから参加したんですよね。この八ヶ岳の空気感に音楽フェスがあっていると思ったし。そういう動きに参加できるのが嬉しかったし、これからの八ヶ岳に必要だと思ったんですよ。

ミッチェ

初年度の時は萌木の村ROCKで働いていたの?

三上

そうですね。ちょうど初年度は、ROCKが火事から再建して再オープンした年でした。

初年度の立ち上げの時ってどんな流れだったんですか?

三上

当時の実行委員長川嶋直さんとプロデューサーの南兵衛さんが何年も前から清里清泉寮でハイライフの開催をしたいと話をしていたけどなかなか形にできなくて。
そこからサンメドウズ清里での開催に方向転換をしたところでようやく目処が立って、地域の人脈から実行委員会を広げていった感じでしたね。初年度開催前には新しくなったROCKを会場に地域の人やフェスに興味がある人100人ぐらいが集まってキックオフパーティーもしました。

そして2年目からミッチェさんが登場ですね?

ミッチェ

そう。山梨に移住してきたばかりの時にROVOの勝井さんに「多分ミッチェの家の近所でやるフェスだから遊びにおいでよ」って初年度に呼ばれて、ほんとただ遊びにいったんだよね。勝井さんに「俺も音楽イベントやりたいんですよね」って話してたら「ハイライフプロデューサーの南兵衛さんから勉強したらいいよ」と言われて。
南兵衛さんとは面識がなかったけれど前から知っていて、実際フェスの勉強をしたいって話をしたら「じゃあ手伝ってよ」って話になった。

初めからクリエイティブディレクターとして参加したんですか?

ミッチェ

いや、一番初めは俺が知ってるアーティストのブッキングを頼まれたところから。
さらに地元のブッキングも手伝って欲しいって言われて。俺こっち来たばかりで地元って言われても(笑)って思ったけど、たまたま山梨にもアーティストの知り合いもいたから手伝うようになった。それに加えて数年前からは本業がweb制作だから、オフィシャルサイトやビジュアル制作に携わるようになったんだよね。

ハイライフの逆境とターニングポイント

昨年はコロナの影響で当初の形でハイライフを開催することができませんでしたよね。

三上

できるかもしれないと思ったこともあったけど・・。ただやっぱりフェスで様々な人が清里に集まるリスクは実際あったし、空気感的にも厳しかった。
だから中止にした時は「現代人たちへの試練」と本当に思いましたよね。

ミッチェ

2020年は感染症対策をとことんやって開催できたけど、2021年は三上君が言うようにどうしても開催することは難しかった。
ただそれを逆手にとってクラウドファンディングや配信イベントなど新しい試みもできたのは良かったよね。

そして2022年は会場が変更という、これまた逆境ですよね

ミッチェ

これまで開催してきたサンメドウズ清里が、スキー場の夏の目玉として「リュージュコースター」に力を入れていきたいという話になったんだよね。その関係で今まで通りの開催形式が不可能になってしまって。残念だけど仕方ないよね。

三上

そこから清泉寮や清里内のいくつかのキャンプ場、ヤッホーの丘なんかを視察して回ったんです。やっぱり改めて清里ってリソース多くて面白いねって話になりましたね。やっぱり清里でやりたいし、ヤッホーの丘とか清泉寮で音楽フェスができたらどんなに素敵だろうと妄想します。

「やっぱり清里で開催したい」二人の想い

なぜそこまで清里での開催にこだわるのでしょう?

三上

それこそ本当にフジロックみたいなことができるんじゃないかって思うんです。
多くの人を受け入れるのキャパもあるし、すでに清里には毎年恒例となっているポール・ラッシュ祭ってお祭りがあるんです。もともとはアメリカの収穫祭をモデルとして1954年に「カンティフェア」としてはじまりました。その後、一時期中断されていたのですが、清泉寮などで知られるキープ協会の創設者で、清里開拓の父と呼ばれるポール・ラッシュ博士が亡くなった後、1988年に「ポール・ラッシュ祭」の名前で復活を果たしました。
場所の歴史や魅力を知ってもらえたら必ずファンもできて、そこから色んなことができる思うんですよ。

ミッチェ

北杜市を代表する「地域のお祭り」だよね。

三上

清里って興味深すぎるエリアなんですよ(笑)。
清里開拓の祖、ポール・ラッシュ博士によって持ち込まれたアメリアのカルチャーや、皇族との関わり、開拓団の苦労、高度経済成長、バブル崩壊、そんな時代背景と地場の文化が混ざり合って。それらがこの100年も満たない歴史の中で一気に発展してきたことがオリジナルだなって。

ミッチェ

確かにそれは俺も知らなかったし、日本の中でもかなり特殊な地域だと思う。そういえば俺、三上君が目をキラキラさせて清里の歴史の話しているの好きなんだよね(笑)。

三上

(笑)。清里の魅力は、色んな文化を受け入れる懐があるところだと思っているんです。絶えず様々な価値観やカルチャーを柔軟に取り入れながら新しいものを作り続けている。きっとこれからもこの自然を求めて人がたくさん訪れるんじゃないかと思っています。だって空気が美味しいもん。

ミッチェ

俺は千葉生まれ千葉育ちなんだけれど、北杜市には俺のばあちゃん家があってよく遊びにきてたんだよね。80年代くらい、小学生の頃には清里がものすごいペンションブームで清泉寮のソフトクリームが長蛇の列になっていたのをよく覚えてる。それでまた高校生の頃にきてみたら、あれだけ賑やかだった駅前がすごく寂しくなっていてびっくりした。

三上

バブルが弾けてからも移住者なども柔軟に受け入れながら新しい清里を作ってきている。
幼い頃から環境教育のキャンプなどに参加してここにきているけれど、なんかその歴史、時代背景にすごく心を動かされるんですよね。「究極な多様性」というか、その時々自分達のカルチャーを作ろうと邁進する精神というか。

ミッチェ

開拓者の精神が息づいている地域だよね。そういう意味で言うとハイライフを開催する場所としては意味がある。

三上

そうですよね、僕もやる意味があると思う。ゴールや落とし所を定めるんじゃなくて、今目の前のことに向かう精神ですよね。
当時の開拓の記憶を、萌木の村の舩木社長は「楽しかった」とよく語っているんですよ。現代のように情報過多の中で右往左往するのでなく、その頃の清里には「開拓」という大義名分を背負って進み続ける幸せがあったんですよね。

2022年ハイライフ八ヶ岳会場「女神の森 セントラルガーデン&ウェルネスガーデン」の魅力

そんな清里へのこだわりがありながらも、本年度の開催は小淵沢のここ「女神の森 セントラルガーデン&ウェルネスガーデン」に決定したのはどんな経緯があるんですか?

ミッチェ

2021年に「ハイライフ八ヶ岳 AIDラジオ」「ハイライフ・エクスプレス」と、この女神の森の会場を使わせてもらって、とにかく会場の皆さんがとても親切だったことと周りの環境も素晴らしかったんだよね。

三上

そうですよね。だからサンメドウズ清里からの会場変更の際には、初めから清里の他会場に併せてこの女神の森も候補にありましたね。

ミッチェ

会場の施設的としても良くて。屋内の2つのホールに加えこれだけ立派な野外ステージもあって、ハイライフのような音楽フェスの開催にはすごく適している会場だと思う。JR小淵沢の駅や高速のICからもすごく近くて、たくさんの人に訪れてほしいハイライフにとってはアクセスの良さもバッチリで。

三上

この会場で例年開催されている八ヶ岳ジャズフェスタやわとわまつりに来たりしていて、個人的にこの会場にはとても馴染みもあるんですよね。友達も多く住んでいたり、思い出も親しみも深い場所です。

ミッチェ

清里とは少し雰囲気が違うけれど、北杜市の中でもたくさんの人が訪れる地域で、洗練されたリゾート地というか、今は「旅行で来ると言ったら小淵沢」ってぐらい中心地なのかなと思う。甲州街道にも近くて、歴史も厚い地域でもあるし。まだこれからどんどん発展していく伸びしろや可能性がたくさんある場所だよね。

三上

そもそもここ北杜市に遊びにくる人は、清里、小淵沢とかって地域にこだわらずに市内を満遍なく回る人が多いですし、その点アクセスもいいこの会場だからこそ本年度の開催をきっかけに北杜市全体の魅力をまるごと感じてもらいたいなと思います。

ミッチェ

小淵沢というエリア自体もそうだけど、女神の森のインフラや自然環境もとても快適で、来場してくれるお客さんもきっと上質でリッチな気持ちになってくれると思うんだよね。そんなこともあり本年度のコンセプトは「森と響き合う高原の音楽フェス」って少し上品なイメージにもしてみてます。

ハイライフ八ヶ岳を続ける意味

ミッチェ

一つこれだけは言えるってことがあって、清里から小淵沢へ会場が変更になっても俺たちは変わらず「ハイライフ八ヶ岳を続ける」という強い意志だけはあるんだよね。

三上

そうですね。2021年の配信イベントなども含め、ただ「途切れさせる」っていう選択肢は全くないですよね。

ミッチェ

当初のコンセプトや経緯に捉われすぎないで、それこそ清里の「開拓の精神」じゃないけれど、今できることを現代のやり方でこの八ヶ岳エリアで続けていきたいと思っている。

続けることに強い意志があるのは?

ミッチェ

強い意志というか、清泉寮のポール・ラッシュ祭じゃないけれど「地域のお祭り」を作りたいんだよね。2022年はもちろん、きっと来年もやるし、再来年もハイライフはある。だから気負わずに年に一回やっているお祭りの感覚で、お客さんには楽しんでもらいたい。
「アーティストのライブだけ見て帰る」って流れにしたくないんだよね。観光とセットで考えているというか、ハイライフがこの地域の素晴らしい「もの」や「人」とつながるきっかけになって欲しい。

三上

そもそもハイライフに関わっている人たち自体が本当に多種多様でなんですよ。すごく面白い取り組みをしている人や、めちゃくちゃニッチな活動をしている人も多くて。僕自身がハイライフに参加してたことで知り合えた人たちから刺激や恩恵を受けていることは大いにあるんです。

ミッチェ

みんなめちゃくちゃキャラ濃いもんね(笑)。

三上

そうですね(笑)。
アーティストのライブだけではなくて、このハイライフに来ればそう言った面白い人たちや八ヶ岳という地域全体の魅力を知ることができる。このフェス自体がこの八ヶ岳をディープに知って感じることができる媒体になっていると思っているんですよ。

ミッチェ

そうだね。これまでは制作やVJとして裏方で表現してみたいことをやってきたけれど、これからはそういった想いをしっかり言葉で伝えていきたいなって思っている。
「目指すもの」なんて正直明確じゃないけれど、決め打ちせずに柔軟に色々なものを巻き込んで、新しいものを作っていくことがハイライフの目指すべき営みなんじゃないかな。

三上

「ハイライフはこれです!」っていうスタンスってのは何か違うかもしれない。
まずは自分達が楽しむことが一番大切だと思っていますよね(笑)。

ミッチェ

うん。ここに来なきゃ耳にできないトークや、音楽のプログラムを企画し続けていくことに意味があるのかもしれない。そもそもブッキングも「俺がこの会場で聴きたいアーティスト」という視点でしかしていないし(笑)。
自分達自身が毎年目の前のハイライフに気持ちを注いで楽しんで開催していくことで見えてくることがあるんだと思う。だからまだ目指すゴールなんて決めなくてもいいんじゃないかな。

「開かれた内輪ノリ」がハイライフを開拓する

三上

どれだけ面白いことをやろうかってことが大事。
柔軟に新しいものを作ることにフォーカスして進んでいきたいですよね。あと個人的には若い同年代の仲間が欲しいです!

ミッチェ

確かに新鮮な風は欲しいよね。俺も飽き性だから例年通りとかが嫌で、どんどん新しいことに挑戦していきたいし。
ハイライフはお客さんとしてはもちろん、俺たちみたいに地域拡大ミーティングというフェスを作る側で参加することもできる。ボランティアも募集しているし、どんどん興味がある人はコンタクトをとって欲しいかな。

三上

「どんどん繋がろうよ!」って思いますよね。音楽なんか知らなくても自分達の地域で面白いことをやりたいって、それだけの気持ちでもいいんです。会場に来たら僕らにもバンバン声かけて欲しいです!

ミッチェ

そう言った意味で、とてもニッチでローカルなフェスでありながら、とても開かれたフェスなんだよね。「開かれた内輪ノリ」というか(笑)。

三上

自分もハイライフに関わってからたくさんの変化があったし、同年代の皆にもどんどん同じような経験をして欲しいなって思います。この地域の人たちの歴史のような泥臭い活動を続けていきたいです。

ミッチェ

コロナやいろんな流れで辛辣な議論が多かったけれど、根っこは「楽しみたい」っていうのがハイライフの真ん中にあるんだよね。
だからいい意味で「今年もやれたらいいな~」ってぐらいのラフさで。バタバタ無理して色々やろうとしすぎずに、肩肘張らない風通しのいいフェスでありたい。これからも山梨の良さとか自分のやりたいことをみんなで表現したり、話したり考えたりしながら、柔軟に開拓しながらハイライフを作り上げていきたいかな。